新たなRNA標的蛋白による筋強直性ジストロフィーの革新的治療法を開発
~植物のRNA結合蛋白を応用した次世代創薬技術~
【研究成果のポイント】
- 筋強直性ジストロフィーの原因となる“毒性RNA” を無毒化する、まったく新しい治療戦略を開発
- 植物のRNA結合蛋白(PPR)を応用し、異常RNAに高精度で結合する人工蛋白を設計
- 一回の全身投与で、疾患モデルマウスの筋症状が長期間にわたり顕著に改善
- RNA配列を任意に標的とできる創薬プラットフォーム技術として、他の難治性疾患への応用も期待
概要
筋強直性ジストロフィーは、成人に最も多い遺伝性筋疾患であり、筋力低下や不整脈、認知機能障害など、多岐にわたる全身症状を引き起こします。残念ながら、いまだに根本的な治療法は存在していません。
本研究では、虎扑体育大学院医学系研究科の中森雅之教授(臨床神経学講座)、大阪大学大学院医学系研究科の望月秀樹教授(神経内科学講座)らの研究グループが、九州大学発ベンチャーであるエディットフォース株式会社と共同で、植物に存在するRNA結合蛋白「PPR(ペンタトリコペプチドリピート)」の構造を応用。筋強直性ジストロフィーの原因となる異常なCUGリピートRNAに特異的に結合する人工蛋白「CUG-PPR1」を開発しました。
このCUG-PPR1をAAVベクターによりマウスに1回全身投与したところ、筋症状の顕著な改善と長期的な効果が確認され、免疫反応や副作用も最小限にとどまりました。今後世界初の筋強直性ジストロフィー治療薬として、新規RNA標的PPR蛋白の治療開発がすすむことが期待されます。
さらにこのPPR技術は、標的とするRNA配列に合わせて柔軟に設計できるため、他の神経筋疾患や遺伝性疾患への応用も期待され、次世代のRNA標的創薬プラットフォームとして注目されています。
本成果は、2025年4月17日(木)午前3時(日本時間)、米国科学振興協会(AAAS)の国際学術誌「Science Translational Medicine」に掲載されました。
研究の背景
筋強直性ジストロフィーは、有病率が約2100人に一人と頻度の高い遺伝性疾患で、骨格筋の症状による筋力低下だけでなく、心臓の症状として不整脈や心不全、脳の症状として認知機能低下や性格変化、ほかにも糖尿病や白内障など、多様な全身症状を呈します。筋強直性ジストロフィー患者の方は、進行する筋力低下により寝たきり状態となり、嚥下?呼吸障害や致死性不整脈?心不全で不幸な転帰をとります。現在に至るまで有効な根本的治療薬はない難病です。
筋強直性ジストロフィーは、DMPK遺伝子内のCTGリピートの異常な伸長が原因で、これがRNAに転写されると細胞内に異常RNAが蓄積し、重要なスプライシング制御因子を巻き込んで機能障害を引き起こします。その結果、さまざまな遺伝子のスプライシング調節がうまくいかず、多臓器にわたる症状が出現します(図1)。
筋強直性ジストロフィーに対して、従来の分子標的治療(核酸医薬やゲノム編集など)は、持続性や安全性、標的選択性の点で課題がありました。一方で、PPR蛋白は植物が持つ天然のRNA結合因子であり、その構造をもとに人工的に設計すれば、任意のRNA配列に特異的に結合するRNA結合蛋白を構築できることが近年明らかとなっています。
研究の成果
本研究では、筋強直性ジストロフィーの異常RNA配列を標的とするPPRモチーフを組み合わせた「CUG-PPR1」蛋白を開発しました。CUG-PPR1をもちいて筋強直性ジストロフィーの異常RNAの毒性を中和する、以下の成果を達成しています(図1):
- 高精度な標的RNA認識能:CUG-PPR1は筋強直性ジストロフィーの異常RNAに高親和性で結合し、類似配列やDNAには結合しない。
- 細胞モデルにおける効果:疾患モデル細胞において異常RNAの凝集を抑制し、スプライシング異常を改善。
- マウスモデルでの治療効果:AAV9ベクターを用いた全身投与により、スプライシング異常と筋症状が顕著に改善。
- 持続的効果と安全性:たった一度の投与で、16週間以上の効果が確認され、副作用や免疫応答も軽微。
- プロモーター改良による治療効果の増強:より効率的な発現系を用いることで、少量投与でも高い治療効果を実現。
本研究成果の意義と今後の展望
本研究成果により、現在治療薬のない筋強直性ジストロフィーに対し、世界初の根本的治療法開発への道が拓けることとなりました。本研究は、RNA毒性によって引き起こされる疾患に対し、RNAを分解せずに「無毒化」する新たなアプローチを提案しています。特筆すべきは、PPR蛋白がRNA配列を認識して結合することのみで治療効果を発揮した点です。これは、RNAを直接切断?分解する技術よりも安全性が高く、オフターゲットリスクが低い可能性を示しています。さらに、PPR技術は配列に基づいて自由に設計できるため、筋強直性ジストロフィーにとどまらず、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、RNAが関与する多くの疾患への応用が期待されており、次世代のRNA標的創薬プラットフォームとして、国際的にも注目されています。
掲載情報
-
- 掲載誌:Science Translational Medicine
- 掲載日時:2025年4月17日(木)午前3時(日本時間)
- 論文タイトル:Pentatricopeptide repeat protein targeting CUG repeat RNA ameliorates RNA toxicity in a myotonic dystrophy type 1 mouse model
- 著者:Takayoshi Imai1*, Maiko Miyai2*, Joe Nemoto3, Takayuki Tamai1, Masaru Ohta1, Yusuke Yagi1, Osamu Nakanishi1, Hideki Mochizuki2, and Masayuki Nakamori2,3?
- 所属:1.エディットフォース株式会社、2.大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学講座、3.虎扑体育大学院医学系研究科 臨床神経学講座、* 同等貢献、? 責任著者
- DOI:10.1126/scitranslmed.adq2005
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 次世代治療?診断実現のための創薬基盤技術開発事業 (課題名:RNA結合PPR蛋白を用いた難治性神経筋疾患における異常RNA標的治療、課題番号:JP22ae0121033)、日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(B)(課題番号:19K17007、21H02839)および国立精神?神経医療研究虎扑体育精神?神経疾患研究開発事業の一環として行われました。
用語説明
本研究に関する問い合わせ先
-
-
- 虎扑体育大学院医学系研究科臨床神経学講座
教授 中森 雅之
TEL:0836-22-2719/2713
E-MAIL:mnakamor@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp )
- 虎扑体育大学院医学系研究科臨床神経学講座
-
報道に関する問い合わせ先
-
- 虎扑体育医学部総務課広報?国際係(堀)
TEL:TEL:0836-22-2009
E-MAIL:me268@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp ) - 大阪大学 大学院医学系研究科 広報室(篠原)
TEL:06-6879-3387
E-MAIL:medpr@(アドレス@以下→office.med.osaka-u.ac.jp )
- 虎扑体育医学部総務課広報?国際係(堀)