遺伝性難病ウォルフラム症候群における糖尿病の発症機構と治療標的候補分子を解明
発表のポイント
- 遺伝性難病ウォルフラム症候群におけるインスリン依存性糖尿病の原因が、膵β細胞脱分化注1によるインスリン産生喪失であることを解明しました。
- ?疾患モデルWfs1注2欠損マウスにおいて、β細胞脱分化と高血糖の進行をTxnip注3の遺伝的抑制により阻止できることを解明しました。
- ?ウォルフラム症候群において、β細胞脱分化の制御が糖尿病の発症予防や進行を遅らせる有望な治療戦略であることが明らかになりました。
研究概要
虎扑体育大学院医学系研究科の椎木幾久子研究員、田部勝也准教授らの研究グループは、遺伝性難病ウォルフラム症候群におけるインスリン依存性糖尿病の原因を解明し、疾患モデル動物において糖尿病の発症を予防することに成功しました。本疾患は血糖値をコントロールするホルモンであるインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が進行性に減少することでインスリン依存型糖尿病を若年発症します。今回、患者膵組織およびモデルマウスの解析により、β細胞が成熟性とインスリン産生能を失い、前駆細胞や幹細胞マーカーを発現する細胞に変化していく、すなわち脱分化していくことを突き止めました。さらに、Wfs1欠損マウスのβ細胞では、小胞体ストレスの亢進とともにストレス応答分子Txnipの発現増強が観察され、Txnipを阻害することでβ細胞脱分化および糖尿病の進展を抑制することを明らかにしました(下図)。本研究によって、β細胞脱分化をターゲットとした新たな治療法開発への研究展開が期待されます。
本研究成果は、2025年2月19日付で米国科学振興協会より発行されているScience Translational Medicine誌に掲載されました。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費(課題番号: 15K21198, 16K09752, 19K07506, 19H03710, 20K08887, 23K08011)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(課題番号: 19bm0804011h0003)、万有科学振興財団研究助成、MSD生命科学財団研究助成、日本糖尿病学会若手研究助成、日本糖尿病協会若手研究助成、日本応用酵素協会Front Runner of Future Diabetes Researchに関する研究助成による支援を受けて実施されました。
論文情報
- タイトル:β cell dedifferentiation, the underlying mechanism of diabetes in Wolfram syndrome
- 著者:Kikuko Amo-Shiinoki, Katsuya Tanabe, Wataru Nishimura, Masayuki Hatanaka, Manabu Kondo, Syota Kagawa, Meng Zou, Shuntaro Morikawa, Yoshihiko Sato, Mitsuhisa Komatsu, Hiroki Mizukami, Naoki Nishida, Shun-Ichiro Asahara, Hiroshi Masutani, Yukio Tanizawa.
- 掲載誌:Science Translational Medicine誌 17巻 786号(American Association for the Advancement of Science)
- DOI:https://doi.org/10.1126/scitranslmed.adp2332
- 公開日:2025年2月19日
- reprint link:https://www.science.org/stoken/author-tokens/ST-2444/full
用語解説
注1. 脱分化
分化した細胞が未分化な状態に戻り、機能を失う過程を指す。
注2. WFS1 (Wolfram Syndrome 1)遺伝子(ヒト)、Wfs1(マウス)
ウォルフラム症候群の原因遺伝子。疾患発症に関連し種々のWFS1遺伝子変異が報告されている。Wfs1欠損マウスはインスリン分泌が進行性に低下し高血糖を呈する。
注3. Txnip (Thioredoxin-interacting protein)
細胞のストレス応答経路の制御因子であり、絶食応答、糖脂質代謝調節、癌抑制、免疫炎症制御など多彩な機能を持つ。